宮澤賢治の「原体剣舞連」を読んで感動した。
自分のほかに、悪路王に興味ある人いるのかな。


 ■阿弖流為公式サイト
 http://www.aterui.jp

 ■原体剣舞連 (宮澤賢治)
 http://homepage1.nifty.com/ihatov/har_1/035_d.htm

 ■鬼剣舞
 http://www.michinoku-yume.net/myn/db/db06-m002-t009.php3
コメント一覧
レオナルド・ウジョア2021-10-09 23:40:59

>>35
地名として残ってるので、何らかの史実はあったと思われます。
「人首丸」という名前は伝承化してから後付けされたんでしょうが。

>>36
…多分息子。

>>37-39
混血でしょうがやはり蝦夷の気質、精神みたいなものは失われてるでしょうね。
鉱山資源で独自の交易ルートでもあったなら、
搾取されたくなくて必死だったんでは、とも思います。
蝦夷というよりはうちの辺りは伊達藩所縁の因習が多いし。
しかし前九、後三の役はどうも言葉の行き違いから生じた争いだったみたいで、
その当時はまだ共通語でなくて苦労したのかなあ、と思います。

>>41
ササラでしたか。
「剣舞」の読みはけんぶから訛ったものだと思ってるんですが
ネイティブなら2と3の間ぐらいですかねw

念仏踊りについてはサパーリ…
修験者の通い路だった痕跡は土地柄に結構残ってるんですが。

釜愚痴ホモ恵2021-10-09 23:44:02

「剣舞」と呼ばれるようなものは各地にあるかもしれない。
だけど、岩手の剣舞は「鬼」が舞うものでしょ?
(刀もって踊る者らが鬼だよね?)
そこが他の地には見られなくて、他所の人間から見たら面白い。
なぜ鬼が主人公なのか、成敗より供養の意識が感じられる。

和田アキ子2021-10-09 23:47:05

?、?、?とも正解です。(どういう出題なんだと自己批判のふり)
説明を加えますと、
?は知り合いの学芸員が間違いではないと言っていました。(こちらの方が正式のような口ぶりでしたが)
?は岩手での普通な呼び方です。
?は>43氏がおっしゃる通り、トーホグなまりです。と言うより、うちの地域の年寄り語です。

結城ちか2021-10-09 23:50:08

    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

山口二郎2021-10-09 23:53:11

>>11
>ネットで調べたところ、8月にお祭りがあって、どうやらそこで鬼剣舞が
>舞われるようなので、行ってみようと思っています。

>>1 :こおに さんは現地で鬼剣舞を体験されたのだろうか?

>>7で、「このまま倉庫行きで構いません」とは言われているが、どういう
感想をもたれたのか、聞いてみたいなあ。

アリーナ・ザギトワ2021-10-09 23:56:14

道路公団の某前総裁のこと

似鳥昭雄2021-10-09 23:59:17

あてるい公式サイト、去年から更新停止したままだけど、どうなってるんだろう。
1200年記念で燃え尽きたのか?もうイベントとかやらないのかな。

和泉容2021-10-10 00:02:20

あぼーん

本郷理華2021-10-10 00:05:23

篠塚健次郎

桜井繁2021-10-10 00:08:26

荒俣ひろしがどっかで「陰陽師の次はアテルイが『来る』」とか言っていたが。
メジャーデビューは遠いのか。

緒方耕一2021-10-10 00:11:29

映画化するとしたら誰がやりますの

勝村政信2021-10-10 00:14:32

藤岡弘、

村山富市2021-10-10 00:17:35

わらび座のアテルイがぶさいくでガッカリ。

羽鳥慎一2021-10-10 00:20:38

>>54
以前、里見浩太郎がやっていたね<アテルイ>
ほんのちょっとだったけど。

三船敏郎2021-10-10 00:23:41

悪路王のことを語るなら、黒石寺蘇民祭をみてからにしてほしい。

田中碧(アナウンサー)2021-10-10 00:26:44

達谷の毘沙門堂に行った時、悪路王を押さえつける神像たちを見て
自分も押さえつけられるような感覚を覚えた。
自分が明らかに、蝦夷側である事を見透かされたか?

毘沙門堂が今まで何度も焼けてるというが
そりゃやはり悪路王の押さえ切れぬお力である(!)
しかしそのたびに「直ちに」再建されているという所が
悪路王復活?を恐れる必死さが感じられてしまう。

それにしても現時点で尚も「蝦夷征伐」を「祝う」という
ところがすごい。

佐藤祐一2021-10-10 00:29:47

【征夷大将軍】坂上田村麻呂【清水寺】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1098215256/

アンディ・ガルシア2021-10-10 00:32:50

アテルイ没後1200年記念のHPあぼーん

清水俊輔2021-10-10 00:35:53

なんかオフロード仕様みたいでかっきーな
バイクやチャリの名前にすれ

立花隆2021-10-10 00:38:56

空海入唐1200周年記念でもあるんだよね。

伊藤裕康2021-10-10 00:41:59

>63
アテルイ没後1200年は2002年ですが?

森麗勇気2021-10-10 00:45:02

http://blog.melma.com/00064207/

セルジ・ロベルト2021-10-10 00:48:05

坂上田村麻呂スレより

11 名前:ダンの花[sage] 投稿日:04/12/11 22:02:36
スサノオ→ヤマトタケルっていう文化英雄の系譜をひいているよね。
以下の事は思いつきで書いているんで、眉唾で読んでくださいな。

記紀伝説との相違は、前代が天皇に準じる存在の親征という形をとったのに対して、臣下の一武将の遠征に変わっていることと
ヤマトタケルが常陸風土記では井戸を掘るなどして地名起源説話を残しているのに対し、田村麻呂も井戸に関する地名期限説話を残しているけれど、目立つのは各地で寺社の縁起譚を残しているということ。

これは律令制国家の確立と関係があるんだろう。
官僚制度が整い天皇自らが親征する必要が無くなったことと、朝廷の権威として仏教の勢力が増してきたことが田村麻呂の伝説を作り上げたんだと思う。

この後、仏教の権威は朝廷から離れ、弘法大師をはじめとする名僧の放浪譚が生まれてくる。
田村麻呂の亡くなった弘仁2年(811)から5年後の弘仁7年(816)に弘法大師空海は高野山を下賜されている。
武力、信仰、権力、といったものが未だ未分化だった上代から、それぞれ立場を明らかにしだす古代へと時代は移りだしている。
古い秩序に変わる新しい秩序が見え始めている。
私は上代から古代へと移る過渡期に生まれた英雄として田村麻呂を評価できると考えている。

中央と周辺、権力なんて視線を交えながら文章にしたら面白いものが出来そうな気がするけど、どうなんだろなー

林文子2021-10-10 00:51:08

なんだかサヨっぽくなるだけだな。